<闇の戦士は恋をしているらしい>
その晩、夕食と入浴を済ませたスフェンはベッドの上でゴロゴロと寛いでいた。買い物ついでに購入したミスリルアイに目を通して、次の仕事の内容を考えながらうとうとしている。ヴァリがまだ風呂から出て来ないのをいいことに、ダブルベッドを広々と使って伸びをした。
そうしてのんびりしていると、浴室のカーテンが開いて風呂上りのヴァリが湿気を纏わせながら出てくる。暑いのか上裸のまま髪から滴る雫を乱雑にタオルで拭った。
「ふう、気持ち良かった。スフィ、水貰っていい?」
スフェンは頷くと、ベッドサイドにあるアイスボックスからボトルを取り出してヴァリに投げ渡した。
「ありがと」
ヴァリが水を嚥下するのに合わせて、白い喉仏が上下するのがよく分かった。拭いきれなかった水滴が首筋から鎖骨にかけてつうっと流れていく。前髪を上げて露わになった額や、剥き出しの肩。うつ伏せになってその光景を見ていたスフェンは、無意識に尻尾をぱたり、ぱたり、と左右に振った。
(犬歯のあたりがむずむずする)
そのままベッドの縁に腰を落ち着けたヴァリの背中をスフェンはじっと見つめた。最初の頃、大小様々な傷がついた体をヴァリはあまり見せようとしなかった。服を着たまま行為に及ぼうとする彼に対して、その都度「脱げ」と言って装備一式布一枚に至るまで剥ぎ取っていったのが懐かしい。自分は早々に脱がされているのにヴァリだけ服を着ているなんて不公平だ、なんて弁を並べ立てて文句を言ったりもしたか。
素肌と素肌が触れ合って溶け合う感覚を知ってしまったら、布切れなんて無粋だとしか思えない。本当はそんな理由だったが、それこそ言葉にするのが憚られた。
それに、スフェンはヴァリの傷なんて気にしたことは一度もない。歪に走った切創の痕も、引きつれた皮膚も、全てヴァリの体の一部だ。厭う事など、あるはずもない。
今となってはヴァリも肌を晒すことに抵抗がなくなっているようで、こうして風呂上りに無防備な姿を見せることも増えた。それが嬉しくて、同時にとてもそそられる。
スフェンはゆっくりとヴァリの背に近づくと、うなじに軽く歯を立てて甘噛みした。
「っ、スフィ?」
ヴァリは首だけで振り返ると、甘えるよう己を食むスフェンに目を細めた。
「……スフィ、する?」
「ん」
返事とともにスフェンがヴァリの唇を舌で舐めて口付けを強請る。早く口を開けろと無言の催促にヴァリが観念して迎え入れると、歯列を割って少しザラついた舌が口内を愛撫した。
しばらく互いに口付けを味わってから離れると、スフェンの瞳がとろとろと溶け始めていたので、ヴァリはベッドに自分より一回り小さな体を押し倒した。
夜着の裾をたくし上げて、しっとりと馴染むスフェンの肌の上をヴァリの指先と唇が辿っていく。肌の柔らかい場所を吸われて、スフェンの引き結んだ口からかすかに声が漏れた。
「可愛い……」
思わずといった風にこぼれたヴァリの言葉を聞いて、スフェンは眉を顰めて尻尾で彼の太腿あたりを叩いた。
「あんまり痕残すな」
「でもここなら見えないでしょ」
スフェンの胸元に散った鬱血を指してヴァリが言うと、起き上がった獣がガブリと指に噛みつく。
「痛っ、ちょ」
「場所の問題じゃない。お前つけすぎなんだよ。服の隙間から見えるんじゃないかハラハラする」
「そうかな……?そんなに痕残してるつもりないんだけど……。そもそも肌が見えるような露出の多い服はよくないと思いマス」
こちらが怒っているというのに、ヴァリが珍しく神妙な顔で凄んできたのでスフェンはたじろいだ。彼の恋人は普段控えめなくせに時々妙に押しというか圧が強い。真夏に上半身の肌面積が多い装備を身につけていたら、無言でシャツを着せられて戸惑った出来事を思い出した。
「と、とにかくあんまりつけるな!俺だって細かい事言いたくないけど、お前痕つける数だんだん増えてるし……」
「え?そう……?」
「自覚ないのか……?は……?」
一日やそこらで消えるものではあるが、朝起きて着替える時に太腿の内側に点々と赤い印が残っているのを見つけると、なんとも言えない気持ちになる。それを無自覚につけていたとは思わず、スフェンはシーツを波立たせながらベッドヘッド側へ後ずさった。
「そんなあからさまに距離取らないで!傷つく!」
「分かったから足を掴むな!」
これ以上下がられまいとヴァリがスフェンの足首を掴んだ。そしてそのまま、恭しさすら感じる所作でいつも陽に晒されないため特に白い足の甲に軽く唇を触れさせた。
「スフィから誘ったんだからね。「やっぱ今日はしない」なんて狡いのはナシだよ…」
熱を帯び始めている薄い緑の瞳がスフェンを真っ直ぐ射抜いた。
もちろん、スフェンだってここで止めるつもりはない。一瞬冷めかけたが、体は熱を求めて今もじんわりと綻んできている。この火種を抱えたまま眠りになどつけるはずもなかった。
「……ふん」
頬に熱が集まるのを感じながら、スフェンはヴァリに掴まれていた足をやんわりと動かし、なぞるように爪先を彼の体に滑らせた。
それを合図に二人の影は一つになる。寝室にはくぐもった声が響いた。
朝の気配に目を覚ましたスフェンは、未だ夢の中にいる恋人の腕から抜け出すとベッドを下りて伸びをした。今日はコルシアで一仕事あるため、いつまでもダラダラと寝ているわけにはいかないのだ。
軽くシャワーを浴びて昨夜の汗を洗い流す。水気を切るために何度か尻尾を振ってタオルで体を拭っていると、浴室に置かれたフェイスミラーに自分の体が映っているのに気が付いた。胸元には情事の痕が残っている。数えてみたが、言い含めたおかげか多少控えめな数だった。
「よし、見えるところにはないな……」
首筋や手首の内側など、衣服の隙間から見えそうな箇所を入念に確認する。狭い範囲しか映せない鏡に四苦八苦しながら胴回りと腕のチェックを終えたところで、ようやく白いブラウスに袖を通した。
細身のパンツとブーツを履いて、仕上げにブラウスの上からレザー製のベストを装備。背面にあるコルセットの紐を器用に編み上げ、苦しくない程度に締め上げる。最後に固定用のベルトを数本留めて完成だ。これだけ厳重に着込めば見える心配はないだろう。
身支度を終えて家を出る前に、寝こけているエレゼンの顔でも拝んでおこうかと思って静かにベッドへ近づいた。幸せそうな寝顔だ。ちらりと覗く首筋や腕の噛み跡さえ見えなければ大きな子供が寝ているようだった。掛け布団に隠れた背中には、幾筋もの爪痕も残っている。自分では控えろと言ったくせにこれでは説得力が皆無ではないかと思わなくもないが、これに関してはヴァリにも原因があった。
抱き合うように彼の背に手を回していると、快感の波に飲まれて最中に爪を立ててしまうことがある。当然痛いだろうしすまないと思う気持ちもあるので、そんな時はなるべく枕やシーツを掴んでやり過ごそうとしていた。背筋まで震えるほどの心地良さは、縋るものがないと耐え難いほどなのだ。
だが、手のひらが白くなるほど握り込んでいるのをいつもヴァリは目敏く見つける。そうしたら強張った指を優しく枕から外させ、自分の首や背に手を回させた。腕や手に触れるヴァリの体温は、柔らかい布地の感触の何倍もスフェンを満たしてくれる。
後は無我夢中で熱に浮かされながら、噛み付いて、引っ掻いて、舐めて口付けての繰り返しだ。そのせいでヴァリは生傷が絶えない。昨夜も途中から背を抱くように言われたせいで、散々彼の肌に傷をつけた。覚束ない意識の狭間で指先にヴァリの血が滲んでいるのを感じて、思わず体勢を変えさせたほどである。後ろからする体位なら、彼のことを傷つけずに済む。
(でもあれはヴァリが悪い。うん。俺は悪くない)
スフェンは内心で誰かに言い訳するように一人うんうんと頷いた。
結局最後はヴァリが「顔が見たい」と言うので向き合う体勢に戻ってしまって、いつにも増して彼の体はズタボロだ。スフェン自身も興が乗っていたので押さえがきかなかった。
(………………次は自重しよう)
スフェンは腕を組んでしばし考え込んだ後、救急箱に本日の予定を書いたメモを添えてから、ヴァリの肩に布団をかけ直して家を出た。
*
コルシアの海の彼方。地平線に夕日が沈んでいく光景は、美しいと同時に何故か胸を締めつけられる。このまま時が止まればいいのに。そんな風に毎日考えている。この甘やかな郷愁にも似たほろ苦い気持ちを、ティスタ・バイはつい最近になって初めて知った。
太陽が西に落ちていくことも、深いビロードの空に星が瞬くことも。夜の闇が想像していたよりもずっと優しく人々を包むことも、光を切り裂いて暗夜を連れてきた「彼」が教えてくれた。
動乱後のユールモアは変わり始めている。停滞していた空気が、徐々に流れていくのを彼女も感じていた。人々は社会のありようが変化していく事実を目の当たりにして、時代の転換点に立っていることを否が応でも意識させられていることだろう。
全てが劇的には変わらない。変わろうとする者、変われない者。皆まだ今後の身の振り方を考えている最中だった。
その中でもティスタ・バイはどちらかと言えば良い方向に変わったタイプだ。以前まではビーハイヴに篭っていることが多かった彼女だが、近頃は夕方になるとこうして陽が落ちていくのを眺めに外縁に出るのが日課になっていた。
欄干に手を突いて夜の訪れを待ちわびる。暗くなれば、彼が遊びに来てくれるような気がした。そう、忙しそうにしてばかりで、ちっとも会いに来てくれない英雄が。
「なんてね」
聞く者がいないことを承知で独りごちて、ティスタ・バイは小さく笑った。
初めてビーハイヴで彼と話した際のことを今でも思い出す。店の退廃的な空気に馴染めず、どこか世間慣れしていない印象の青年だった。それがまさか、巷で話題の闇の戦士だったなんて、そのときは思いもしなかった。
カードゲームで遊んだのが懐かしい。今となってはずいぶん昔の話のように感じられた。
「おや……?」
何やら下が騒がしい。手摺から身を乗り出して覗けば、廃船街に人が集まっているのが確認できた。スラムの住人や、ユールモアの衛士、それに近隣の村人の姿もある。
(あ……)
人だかりの中に、待ち人の姿を見つけたのは偶然だった。白い耳と同色の長い尾。遠かったが、確かに見間違いではない。
ティスタ・バイはちょうど近くにいた衛士に事情を聞いてから、ドレスの裾を翻しながら軽やかな足取りで樹根の層へと下りていった。
*
「っクシュン」
「大丈夫ですか!?」
「ああ……クシュっ」
か細い焚火に当たりながら、スフェンは寒さに耐えきれずくしゃみを連発させた。心配そうに様子を窺う住民に、自分のことは構わず他に行ってくれと頼むと、彼らは申し訳なさそうに作業へと戻っていった。
廃船街には大きな遮蔽物が少なく、継ぎ接ぎだらけの掘建て小屋とテントしかない。一応屋根のある小屋に案内されたが、隙間から風が通り抜けてはスフェンの濡れた体を撫でていった。それだけではなく、水を吸ったシャツやパンツもずしりと重たいため、冷えた体の上からのしかかるようだ。
(こんなはずでは……)
本日はコルシアの治安向上活動に参加していたのだが、それがまさか全身ずぶ濡れになるとは予想もしていなかった。
ドン・ヴァウスリー亡き後、ユールモアを中心としてコルシア地方では地域の再生化が少しずつ進められている。治安維持もその一環だ。スフェンもこの活動に時折顔を出しており、本日は予定通り村人やユールモアの衛士と協力して畑を荒らすゴブリンを退治したり、廃船街の整備計画について話し合っていた。
しかし、何でもテキパキと依頼をこなしていたら、次第にあれもこれもと次々頼み事がスフェンのもとに舞い込んできたのは想定外のことであった。屋根や家具の修理に子守、果ては海に落としてしまった工具の捜索。温暖な気候とは言い難いコルシアの海に飛び込むのは躊躇したが、自分の能力を考えれば他にやむなしと腹を決めて、肩当て、ベスト、ブーツを岸で脱ぎ捨てて暗い海へと潜った。そのため工具は見つかったが、陸へ戻ったスフェンは濡れ鼠だ。
濡れそぼったシャツが冷たい風に当てられていっそう寒い。今日のコルシアはやや湿った風が吹いている。未だ乾かない足元や背中から体温が奪われていった。けれども、絶対脱ぐわけにはいかないのだ。スフェンの胸元に残った口付けの痕がそれを許さなかった。
前面は火に当たっていたので少し乾いてきたのが救いだ。シャツが白いため、海から上がったばかりのときは肌が透けてしまって、情事の痕まで見えてしまいそうだった。
「お待たせしました。着替えを用意しましたので、旧洗民室でシャワーをお使いください」
小屋の外から声がかけられたので、びしゃびしゃになった装備を小脇に抱えて外に出ると、傍には呼びに来た衛士が立っていた。先程の住民と同じく、すまなさそうな顔をしている。
「案内の者がおりますので、ひとまず栄光の門からユールモアの中にお入りください。今はいつでも開いていますので」
「助かる」
「後の事はお任せください」
さあさお早く、と急かす言葉に甘えてスフェンは残りの作業を彼らに託すと廃船街を後にした。見送る視線が妙に背中へ突き刺さるような気がしたが、今は一刻も早く体を温めたい。若干小走りになりながらユールモア内へと入っていった。
ジョイアスホールに足を踏み入れると、見知った人物が待っていたのでスフェンは驚きの声を上げた。
「ティスタ・バイ……!ビーハイヴの外で会うのは初めてだな」
「やあスフェン、久しぶりだね」
巻き毛のミステル族は軽く手を上げてスフェンを迎えた。反対の手には清潔な衣服を持っている。
「事情は衛士から聞いているよ。大変だったね。シャワーを浴びたらこれに着替えるといい」
「ありがとう。でも、何でティスタ・バイが……?」
スフェンが首を傾げると、彼女はいつもの余裕を感じさせる笑みで「偶然上から君を見つけたんだ」と答えた。
「最近君がちっとも会いに来てくれないから、私から会いに来たというわけさ。まさかこんな煽情的な姿を拝めるとは思わなかったけどね」
カラカラ笑うティスタ・バイとは対照的に、スフェンは照れながらシャツの首元を掴んで掻き合わせる。見えないと分かっていても、何となく彼女には見透かされてしまいそうで不安だった。白いシャツが濡れて、肩や腕の肌の色が透けて見えている。ティスタ・バイはそれを揶揄って言っているのだと分かっていたが、布一枚隔てたその下に、他人からつけられた赤い印があることを悟られたのではないかと思うと、スフェンは内心の焦りが止まらなかった。
「ふふ、ごめんよ、茶化すつもりはなかったんだ。君と久々に話せたのが嬉しくてね……。さあ早く温まっておいで。あ、終わったらちょっとカードで遊んでいかないかい?」
促されてスフェンは小さく頷いた。ここのところ仕事続きだったし、少し遊んでいくのもいいかもしれない。
「それにしても君は働き者だな。ノルヴラント中を駆け回っているのかい?」
シャワー室に向かう途中、横に付きそって歩くティスタ・バイはスフェンを見上げてそう言った。労働を必要としないユールモアの自由市民だった彼女の目には殊更そのように映っているらしい。
「回ってる場所が多いだけだ。大した事はしていない」
「過ぎた謙遜はよくないよ。君のしていることは充分すぎるほど立派だ。だが、立派であるが故に私は心配になってしまうよ」
近づいてくるシャワー室の扉を前に、ティスタ・バイは目を細めて足を止めた。数歩先を行くスフェンをどこか遠くを見るように眺めて呟く。
「君が働き詰めで自分の時間が持ててないんじゃないかって、いつものソファに座りながらふとそう思ったんだ」
そうしたら、居ても立ってもいられず彼女はビーハイヴを飛び出したと語った。
「ティスタ・バイ……」
「でも、今日君の顔が見られてホッとしたよ。思ったよりも元気そ…………………………」
「どうした……?」
急に会話が途切れたのを不審に思ってティスタ・バイを窺うと、彼女は表情を強張らせていきなりスフェンを眼前のシャワー室に押し込んだ。
「な、本当にどうしたんだ!?」
ティスタ・バイはシャワー室内に誰もいない事を確認すると、厳重に入り口の扉を閉めてスフェンに向き直った。その頬はほんのりと赤い。
「いや、すまない。あまりにも意外なことがあって動転してしまったよ」
「一体何が……」
「まさか恋愛なんて興味なさそうな君が恋をしているだなんて思っていなくてね」
スフェンはティスタ・バイの放った言葉を理解するのにしばらく時を要した。
「…………!?!?!?!?」
そしてその意味を脳内で咀嚼し終わると、尻尾を立たせて動揺を露わにした。
「な、何の事だ……?」
「君の恋人はなかなか情熱的な人物なんだね。……背中、すごいよ」
「背中……?」
「見てみた方が早い」
ティスタ・バイは近くの衝立の裏から全身鏡を運ぶと、百面相するスフェンの前に設置して背中を確認するように示した。
「愛されてるんだね……こっちが恥ずかしいくらいだ」
「っ!!!!」
透けたシャツの下。健康的な肌色の上に散った赤、赤、赤。肩甲骨、背骨、腰に下がっていくにつれて数が多い。明確な欲情の痕だった。
一箇所くらいなら虫に刺されたとでも苦し紛れに言い訳できたかもしれないが、こんな数ではそれも難しい。スフェンは次に言うべき言葉が見つからずに蹲った。
(み、見られた……!じゃあさっきの衛士とか全員に……!?)
考えてスフェンはその場で頭を抱えながら唸った。次回どのように彼らと顔を合わせればいいのだろう。
「安心するといい。他人に言いふらしたりしないさ」
「……そうしてもらえると、助かる」
絞り出すように出てきた声は地を這うように低かった。
きっと後ろからしたときにつけられた痕だろう。あの時は絶頂も近くてそれどころではなかったから、背中なんて気にもしていなかった。
「あいつ……」
苦悩するスフェンに反して、ティスタ・バイはどこか安堵していた。彼ほどの英雄でも人並みに恋をしているという事実は、彼女の中にわだかまっていたプレッシャーのような感情を和らげてくれる。
「今日のところは温まったらお帰り。カードで遊ぶのはまた今度にしよう。……君の恋人ほどではないかもしれないけど、きっと君を楽しませてあげるよ」
手を振って出て行くティスタ・バイを見送った後、スフェンは服を脱いでシャワーのコックを勢いよく捻った。滝行よろしく落ちる湯に打たれながら、今度は菓子折りでも持ってティスタ・バイに会いに来ようと決めた。これ以上誰かに見られる事がないようにシャワー室へ入れてくれた彼女に感謝だ。
(それから、帰りにもっと大きな鏡を買おう。絶対買おう。……ウルヴズジェイルの個人修練場も忘れずに予約しなくちゃなぁ……)
遠くで誰かがくしゃみをするのが聞こえた気がしたが、恐らく幻聴だろう。