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<ナクシャトラさん家のクローゼット事情>


「すーさん、最近お洋服の好み変わった?」
 こてん、と首を傾げるハンナに対して、スフェンは依頼された錬金薬を作りながら「別に」と短く返した。出来上がった薬液を瓶に移し変えて木机に置くと、次いでハンナが丁寧な手つきでラベルを貼っていく。昼下がりのFCハウスに、シューっという規則的な蒸留機の音が響いていた。
 作業の手は止めぬまま、ハンナはスフェンの衣服を眺める。薄いクリーム色の七分丈ブラウスに、締め色の黒いリボンと、同色の少し分厚いケープ。ロウェナ商会で今期職人向けに取り扱っている錬金術師用の作業服だった。
「今日のお洋服もそうだけど、ちょっと可愛いというか、あんまり着ない雰囲気の服だよね」
「そうか?クローゼットから適当に引っ張り出してきただけだからな。分からん」
 そう言ってスフェンは興味なさげに作業を続けた。
 彼の衣服に対するこだわりはさほどない。最低限人前に出ても問題がなく、かつ、実用的であればそれで良かった。加えて言うのならば、シンプルで清潔感があれば申し分ない。
 その日着る服を選ぶのだって本当に適当だった。クローゼットの手前にかかったものから順番に見て、当日の仕事に適した服であれば何でもいい。今日の装いも、作業着エリア(クローゼットの中にも一応エリア分けがある)から見繕って、袖周りがすっきりしているという理由だけで選んだ。
(でもこの服買った覚えがいまいちないんだよな……)
 ここしばらく前から、自分で買ってもいないのに衣服が明らかに増えている。最初は気のせいかとも思っていたが、日を追うごとに少しずつ見慣れぬシャツや上着が増えているので、流石にスフェンも気が付いていた。
 スフェンのクローゼットへ密かに服を追加する人物など一人しかいない。しかし、当の本人が黙っているのでその事実にスフェンは未だ触れていなかった。わざわざ問い正す必要性も今のところはない。ただし、収納から服が溢れてしまう前には一言物申すべきかとも考えている。
 すると、ハンナが明るい笑顔を浮かべながら、スフェンの周りをうろうろと回って手のひらを合わせた。
「いつもと違うけど、その服似合ってるよ~!」
 リボンが可愛い、ケープが素敵とハンナは褒めちぎってくる。少なくとも彼女には好評なようだ。デザイン性はさておき、機能面についても問題ないためスフェンも不満はなかった。
「……まあ、いいか」
「?すーさん何か言った?」
「いや、何も。それより、手を動かす」
「は〜い」
 スフェンの恋人は趣味と言えるほどの趣味もない男なので、自然と金の使い道も大してなかった。食道楽、着道楽、その他あらゆる嗜好品にも興味があるようには思えない。考えてみれば、衣食住以外では月に本を数冊購入するのと、装備の手入れ道具くらいにしか個人の金を使っていないのではないか。
 それが最近は、隠れてせっせとスフェンの服を買ってはクローゼットに忍ばせている。もっと自分のために金を使えと呆れなくもないが、妙に満足げな様子を見ていると、新しい遊びを見つけた子供のように思えて、覚えたばかりの楽しみを取り上げるようなまねをするのも無粋かと、あえて口にはしなかった。
(少しくらいの散財は目を瞑るか……)
 よっぽど気になる見た目の服を寄越さない限りしばらくの間は好きにさせようと、スフェンは心の中で独りごちた。ただし、クローゼットが知らない服で溢れる前にはなんとかしなければならないが。



 天には星が瞬き、濃紺の布に銀の粉を振ったような星空が広がっている。その夜空の下、ヴァリは疲れた体を引きずってゴブレットビュートの石畳を歩いていた。不滅隊からの依頼で、数日に渡る戦闘演習に参加していた体はくたくただ。演習で慣れない指導役をこなすのも疲れたが、音に聞く英雄の胸を借りようと数多の隊員達がヴァリに模擬試合を申し込んでくるものだから、その相手をするのにも一苦労だった。
 演習場所はロータノ海に浮かぶ島の一つで行われ、エーテライトもないので移動は船と限られていたため、数日間島生活を送っていた。その間はもちろん自宅には帰れない。日に数度、スフェンとリンクシェルでやり取りする時間を支えに、帰還までの日数を指折り数えていた。疲れよりも、彼に会えないことの方がヴァリにはよっぽど堪えるのだ。
(確か今日はスフィも双蛇隊の衛生兵指導に行ってたはず……もう帰ってるといいんだけど)
 広場から見える親しんだ家の灯りがほんのりと眩しい。それを見て重たかった足も自然と軽くなってゆく。光に誘われるよう玄関に手をかけて開けると、夜の闇に慣れた目が室内のランプに照らされて視界が少し眩んだ。



「ああ、おかえり」
「……!た、ただいま、スフィ……!」
 リビングに入ると、ちょうどスフェンも帰ってきたばかりのようで、キッチンカウンターの前でいつものギャリソンキャップを外しているところだった。その姿を見て、ヴァリは小さな驚きと共にそわりと浮き足立った。
 スフェンは沸騰して騒ぐケトルをコンロから引き上げると、白と黒のカップに湯を注いだ。茶葉と珈琲の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「お疲れ。演習はどうだった?」
「ね、熱気があってすごかったよ、不滅隊の皆やる気があったから……」
 スフェンに促されてヴァリはキッチンカウンター横のソファベッドに腰掛けると、渡されたカップを受け取りながらそう答えたが、それよりも彼の服装に目が縫い付けられてしまって会話どころではなかった。黒い手甲を外して武装を解きながら受け答えをするが、口が勝手に動いているだけで内心は上の空だ。
 スフェンが身につけているのは、ヴァリが仕事へ出かける前にクローゼットへ入れておいた癒し手用の白いショートコートだった。全体的にシンプルで清潔な白が癒し手の職を表すようである。他方で、袖口に羽の意匠があしらわれていたり、どちらかと言えばドレッシーな印象の服だ。
 少し前から、ヴァリはこうしてスフェンには内緒で彼の服を購入しては勝手にクローゼットや洋服箪笥に加えている。事の始まりは、スフェンが着る用にと買った服をこっそり彼のクローゼットに入れたところ、ヴァリが用意した新しい服とは気付かずに、スフェンが身につけたのがきっかけだった。ヴァリとしては半ば悪戯心のようなものもあっての行為だったので、しばらくしたら自分が買った服なのだが着心地はどうかと聞くつもりだったが、スフェンが新しい服について何も言及せず黙々と袖を通し続けたので、結局最初の一回から自分が買ったと言い出すタイミングを逸している。
 正直なところを言えば、純粋な好意の他にほんの少しの下心も含まれているだけに、自分からは言い出しづらかった。機能性はスフェンの好むところを選んでいるものの、デザインに関してはだいぶヴァリの趣味が入っている。もう何着も買っているので、スフェンもいい加減気付いているはずだが。
(これまでの服も着てくれてるし、迷惑ではないと思うんだけどな……)
 なるべくスフェンの好みに沿いつつもヴァリの嗜好が入り込んだ衣装達は、当然ながら着る本人が普段から着用する服装とやや趣きの異なる見た目だ。スフェンはそれにも構わず着ているので、服自体に不満があったり、勝手に衣服を追加する行為を咎める気はない、とヴァリは解釈している。
 ただ、今日身に付けている服は着てくれるかどうかまず不安があった。いつもより特にヴァリの趣味に寄ってしまったデザインだったので、クローゼットの肥やしになってしまうかもしれないと危惧していたのだ。
 しかしヴァリの杞憂など初めからなかったかのように、スフェンは体のラインが映える清廉な白いコートを着こなしている。
(……可愛いな。似合ってる)
 スフェンはお茶が少し冷めるのを待っているのか、自分用の白いカップをカウンターに置いたまま手袋を外したり首元を緩めたりして楽な格好になろうとしている。それから首元のクラバットを外すと、ふう、と一息吐いた。動きに合わせて耳がぱたりぱたりと動いている。何気ない仕草が無性にヴァリの心をくすぐった。数日ぶりに拝む恋人の姿に、疲れた心が癒えていくようだ。
 自然と上がってくる口角を隠すため湯気の立つカップに口をつけた。だが、カップの縁から覗くペールグリーンの視線は、無意識にスフェンの姿に注がれている。
「……おい、そんなにじっと見られたら下ろしたての服に穴が開くぞ」
「えっ」
 ヴァリはギクリと肩を揺らした。それに対してスフェンは呆れたようにやれやれと首を振ると、カップを持ってヴァリの前に立つ。
「そんなに好きなのか?この服。意外とふりふりしたもんが好みなんだな」
 彼はそう言って、コートの裾を摘むとヒラヒラと振って見せた。
「あ、やっぱりオレが買ってるの気付いてた……?」
「逆に気付いていないとでも?」
 スフェンに対してヴァリは誤魔化すように気まずそうな笑みを浮かべた。
「お、怒ってない……?」
「別に怒ってはいない……けど、最近少し買いすぎだ。目に余る。お前の金なんだから使い道を俺からとやかく言うつもりはないが、しばらく服はいらないぞ」
「はい……」
 怒られなかったのは良いものの、きっちりと釘を刺されてヴァリは僅かに肩を落とした。同時に、自分でも思っていた以上に密かな買い物を楽しんでいたのだと自覚して苦笑する。
「あ、そういえば夕飯はどうした?」
「スフィも遅いかなと思って食べてきたよ」
「丁度いいな。俺も外で食べてきた」
 何が丁度良いのだろうかとヴァリが首を捻ると、スフェンは黒いカップを取り上げてカウンターの上に追いやった。彼は向かい合ったヴァリの肩に手を置くと、体を寄せて軽く抱き締めるようにその背に腕を回し、金色の頭にすりすりと頬を寄せた。
「これから飯食べる必要ないなら、風呂入る前に少し時間あるだろ?」
「……!」
 ピッタリと密着させた体。寄せる頬は優しくヴァリの頭を撫ぜる。まるでそれは、番の鳥が枝の上で身を寄せ合うような触れ合いだった。会えなかった時間を思わせるスフェンの行動に、ただ嬉しさが募る。
 彼の意図するところを汲み取ったヴァリは、思わず頬が緩みそうになるのを耐えながら、抱きついてくる背を引き寄せる。そのまま見下ろしてくる朝焼けの蒼い空の瞳を見上げると、捧げるように口付けをした。
「んっ」
 鼻にかかるスフェンの声を聞いていると、体の中心からぞわぞわと熱が込み上げる。たった数日だが、離れていた分強く感じる肌の匂いや体温がヴァリを高揚させた。
 別々に過ごす夜を寂しく思っていたのはヴァリだけではない。スフェンの抱擁はそう言っているようだった。
 唇を離した後、スフェンはヴァリの髪や肌に鼻先を潜らせては目を細めている。彼をソファに押し倒したい欲求を抑えながら、ヴァリはスフェンのしたいようにさせていた。
「すん……いつもと違う匂いがする」
「不滅隊の官舎にあるシャワー借りたから。潮風とかでベトベトだったし」
「ふぅん……」
 興味がないような、どこか不満なような。短い響きの中に滲むスフェンの感情に内心で首を傾げながら、ヴァリは抱き締める腕に力を込める。
 すると、戯れのように抱き合い頬を寄せたり手を繋いでしばらくお互いの温もりを感じ合ったあと、不意にスフェンが身を捩った。
「ちょっと動きづらいな……どうせこの後風呂だし、後ろのファスナー下ろしてくれ」
「うん。背中向けて」
 仕方がないのだが、脱いでしまうのが勿体ないとヴァリは思わず考えてしまう。それが顔に出ていたのか、スフェンはまた呆れたような口調で呟いた。
「脱ぐのも着るのも大変な服だよな、これ……」
「う、ごめん……」
「着た時、自分じゃ上の方完全に上げられなかったから、現場で合流したミナミに閉めてもらった」
(あ、これ後でミナミになんか言われるやつだ)
 含み笑いの淑女を思い浮かべて、ヴァリは大きな体を小さく竦ませた。

 背筋に沿って閉じたファスナーをゆっくりと下へと下ろす。ヴァリは服の下から覗いた背骨の凹凸に唇を寄せ、一つ一つ形を確かめるような丁寧さで上から順番に口付けを落としていく。
 小さな傷は残っているものの、自分に比べれば格段に傷跡が少ない背中を眺めて、彼はうっとりと、恍惚にも近い感情のままその白い背に触れた。
(この傷は古い……最初に出会った頃からある傷……こっちはいつかな……俺と会う前にできた傷っぽいな……)
 スフェンの傷跡の少なさは、ヴァリにとって誉れに等しい。縫合跡も皮膚の引きつれもない肌は、自分が彼を守れていることの証明だった。どんなにたくさんの人々に賛辞されるよりも、彼の盾となれている事実が誇らしいのだ。

 自分が生きている限り、新しい傷など作らせはしない。

 一方で、そう心に決めているせいか、無意識に肌を見せない布面積の多い服ばかり選んでスフェンへ贈っているのに、ヴァリ自身は気付いていなかった。

「ん…………思ったんだが」
 自らの思考に浸っていると、押し黙っていたスフェンが徐に口を開いたのでヴァリは顔を上げた。
「どうしたの?」
「……いや、あれ、お前脱がしにくい服好きだろ」
「えっ!?」
 少し言いにくそうに俯く横顔を後ろから見上げて、ヴァリは驚きの声を上げた。
「なんかやたら構造がややこしい服ばっかり買ってくるし、そういう服脱がせる時いやに機嫌良さそうにしてるし……」
「ち、違っ……」
 否定をしようとするが、若干思い当たる節が自分の中にあるのが否めなかったので、ヴァリは言葉を濁しながらスフェンの注意を他に逸らすことにした。ゆっくりと、リボンの巻かれたプレゼントの封を自らの手で開けるような気持ちなど、気恥ずかしいやら格好が悪いやら、とにかく知られたくはない。
「あ、えっと、そういえばスフィ脚張ってるね!今日の現場も大変だった?」
 抱き締める手をスフェンの体の線に沿わせながら太腿あたりを押し撫でると、ややくぐもった声と共に白い尻尾が小さく跳ねる。強引な話題の転換だったが、触れられた場所へ意識が移ったのかそれ以上の追求はされなかった。
「あっ……、まあ、講義の間立ちっぱなしだったから……」
「そっか、お疲れ様。寝る前にマッサージするよ」
「ん……」
 言いながら徐々に触れる手を移動させていく。内股に指が掠めると、あからさまにスフェンの肩が揺れた。
 ヴァリは背中に赤い痕を散らしながら、薬瓶の固定された左足のホルダーの留め具を外してしゅるりと脚から外していく。それを傍に追いやると、服の上から鼠蹊部に指を這わせた。
「っ……」
 息を詰める呼吸音が上から聞こえる。それに気を良くして焦らすようにスフェンの中心へと少しずつ手を伸ばすと、ヴァリの眼前にある剥き出しの背中が僅かにしなった。
「……明日も、仕事あるから……その、」
「……うん、お風呂入って早めに寝なくちゃね」
 言外にこれ以上はと匂わせるスフェンの素振りに、ヴァリは動きを止めた。残念な気持ちもあるがこればかりは仕方がない。特にヴァリ自身が行為に時間をかける自覚があるだけに、時間的に余裕のない日は避けるべきだと分かっていた。
 もともとお互い疲れているだろうことは重々承知の上で仕掛けた戯れの愛撫だったこともあり、ヴァリは早々に手を引こうとする。
「あっ、おい、話は終わりまで聞けってっ」
 しかし、節くれだったその手をスフェンは上から静止した。
「でも、明日も仕事って……」
「そうだけど……だから……」
 パタパタ揺れる尻尾が忙しなくヴァリの脚を打つ。言いづらそうにしていたスフェンは、紅潮する頬を隠すように明後日の方向を向いて絞り出すように呟いた。
「最後まではしない………………一回だけ、触るだけで……お、俺もするし、やり方はお前の好きにしていいから……」
「…………」
 首筋まで朱に染めたスフェンを後ろからぎゅっと抱き締めて、ヴァリは深々と溜め息を吐いた。
「スフィさあ、駄目だよそういうふうに言ったら……もう……」
「……だめか?」
「ううん、全然駄目じゃない」
 むしろ良いですとヴァリは言いそうになったのを寸でのところで耐えた。次いでスフェンのコートの裾から手を入れ、白いズボンの上から微妙に反応しだしている膨らみをやわやわと揉みしだく。
「ふ、あっ」
 湿り気を帯びた声がリビングに響く。ベルトを外して前を寛げると、芯を持って固くなり始めているスフェン自身を取り出した。手のひらで包んで軽く上下に扱くと、すぐに先端から先走りが滲んでくる。
「んっ、待っ、服がしみになるっ」
 前垂れの部分を押し上げる自身のせいで服が汚れてしまうと言って、スフェンは慌てて前面の布を抑えた。
「そうしたら、場所交代しよっか」
 ヴァリは立ち上がると、入れ替わりになるように自分が座っていた位置へスフェンの腰を落ち着けさせた。
「足、開いて……」
 向き合った状態で床にしゃがむと、ヴァリは片手でスフェンの太腿を、もう一方の手で腰を掴んで固定すると、透明な雫を垂らす猛りを口内へと招いた。
「ん…」
「あっ、ヴァリっ」
 歯を立てないよう唇をすぼめ、先端から根元までを扱き上げる。ヴァリの喉奥に先端が当たる度、スフェンの体がビクリと跳ねた。
「あ、は、……んう…」
 熱い吐息の合間に、蕩けた嬌声が混じっている。快感の波を一身に感じているのか、スフェンはソファの縁を強く握りしめて耐えているようだ。
「あっ、い……」
(ちょっと急ぎ過ぎたかな。ペース落とそう)
 肩で息をするスフェンを確認して、ヴァリは一度口を離すと手で竿の部分を擦りながら先端部分に舌を這わせた。先走りで滑った場所を舐めると、ぴちゃぴちゃと微かに水音がする。
「そこっ……うっ……」
 浅く早い呼吸を吐き出しながら、スフェンは自身の足の間にあるヴァリの頭に触れた。金の髪をかき混ぜるように撫でると、無意識なのだろうが、もっとと強請るように腰を揺らす。それに応えて舌先で敏感な先端を弄ると、途端にスフェンの乱れた喘ぎ声が上がった。
「ん、いいよスフィ、腰振って」
「えっ、そんな、ひっ、できな……あ、ん」
 体を引こうとするスフェンを逃すまいと、ヴァリはガッチリと太腿と腰を掴み直した。このまま吐き出してしまえと促すように再び喉の奥まで咥えると、一気に攻め立てて快感を煽る。
「あっ、やめっ、……腰、止まらな、んうっ」
 上目遣いで仰ぎ見れば、眉根を寄せて生理的な涙を滲ませたスフェンの表情が見えた。喉を使って締めると、濡れて色の濃くなった薄青の瞳がぎゅっと閉じられる。
「いっ……くち、はなせって……はっ」
 限界が近いのか、悲鳴にも似た声音でスフェンは懇願する。しかし、ヴァリはその願いを無視してさらに喉を締め上げた。
「あっ、あ、や……っ、出るっ」
 一際大きくスフェンが体を跳ねさせると、口内に熱い飛沫が吐き出された。ヴァリは奥に残った一滴まで啜るように吸い上げると、喉奥に絡みつく熱い粘りをごくりと一気に飲み込んだ。絶頂の余韻に息を荒げるスフェンは喉仏が動く様を見届けながら、体の奥の方がきゅうきゅうと切なく疼くのを感じていた。
「は……は……馬鹿……飲むやつがあるか……」
「むぐ、……だって外に出したら汚れちゃうでしょ?」
「だからって……ん……」
 口を離した際の刺激にスフェンは反応すると、くたりと体から力を抜いた。
「悪い……ちょっと……動けない……」
「いいよ、気にしないで。お風呂行こうか」
 ヴァリはスフェンを横抱きにして持ち上げると、赤く染まった頬に口付けながら浴室を目指す。腕の中で自分に身を任せる体の愛おしさに口元を緩めた。
「お前の……するから……」
「無理しないでいいよ」
「する……」
 だだをこねる子供のように、ヴァリの首に腕を回したスフェンはむずがる。服装と相まってか、いつも以上に愛らしく感じられた。

(やっぱり脱がすのちょっと勿体無いなあ)

 ほとぼりが覚めた頃にまたこっそりと服を買おう。今度も他人の手を借りないと着づらいような服を用意したら、次は朝の着替えを手伝う権利を貰えないだろうか。